Case Study Interview Questions
院長 田中郁夫 先生
中妻クリニック(埼玉県上尾市北上尾)
埼玉県内人口ランキングでベスト10に名を連ね、首都圏有数のベッドタウンとして知られる上尾市。ここに、地域住民から厚い信頼を集める『中妻クリニック』があります。身体に変調をきたした時、最初にかかる総合臨床医は、市民にとって一番頼れる存在。「家庭医」としての役割を日々全うする、院長の田中ドクターに、開業に至るまでの道のりとこれから開業される方へのアドバイスを伺いました。
”鎧を脱いで”患者と向き合う
開業しようと思ったきっかけを
教えてください。
医学の道に夢を抱いたのは中学生の頃です。その後進学した防衛医科大学校では、陸・海・空とある中の航空自衛隊に所属したのですが、各部隊に1名しか医者がいないという環境でしたので、オールマイティに何でも診なければならないというハードな毎日を送っていました。そんな状況の中、すべての科を研修し、最終的に配属となったのが救急部。後に埼玉県内の救急病院でも10年ほど勤め、それから開業したのがこの『中妻クリニック』になります。 防衛医科大学校、民間病院、開業…と環境を移してきたこの流れを一言で表せば、それは“鎧を脱いでいく”感覚。大きな病院にいれば、万全の環境が整っており、その中で適切な診療・処置をすることができますが、『中妻クリニック』に置いてあるのはレントゲン、心電図、超音波検査の機器程度で、最低限のものしか揃っていません。こういった限られた環境で診療を行うのは、まるで素手で戦うようなイメージで、私の仕事に対するやりがいの一部ともなっています。
勤務医と開業医との違いは
ありましたか。
一番大きく変化を感じているのは、患者様との距離感が明らかに違うということです。大学や有名病院の看板を背負って仕事をしていれば、有名企業の社長さんや政治家など、地位や名誉のある方から一般の方まで、誰でも素直に言うことを聞いてくれます。ただ、内心は若く経験の浅い医師にあれこれと言われることに、不満を感じた方もいたでしょう。診察室では、私と患者様という1対1の関係以外に、何らかの力が入り込んでいたように思います。開業医となった今は“鎧を脱いで”、以前よりフェアな立場で患者様と接することができ、率直な意見・質問をぶつけてもらえる環境があります。納得のいく医療の形は人それぞれあると思いますが、私の場合はこの環境を大切に、日々診療を続けています。
私の目標は、地域の方にとって相談しやすい医師であるということ。基本的にマスクをせずに患者様と接しているのは、表情を見せながらフランクに向き合いたいという想いからです。近年白衣を着ない先生が増えているのも、こういった発想からではないでしょうか。
現実を見ながら状況を整える
開業場所はどのように
決めていったのですか。
開業を意識してから実行に移すまでの期間は約1年半程度で、それほど綿密に準備をする期間があったわけではありませんでした。このような状況から、ある程度の助走期間があった方が良いと判断し、繁忙期を避けた8月に開業。立地は駅前ではなく住宅街の中ですので、ゆっくりとした立ち上がりでした。 開業の際に重視したのは、日中に人の往来がある土地かどうかという点と、初期費用です。3ヶ所程度ピックアップした中から選んだのは、人の集まりやすい公園に隣接する土地でした。自分で土地を購入せずオーナーさんの費用で建てていただき、そこを借りるという「建て貸し」でしたので、初期費用も大分抑えられたことが、結果的にスピーディーな開業につながったと思います。
開業後、気付いた点や
意識した点について教えてください。
院内のレイアウトなどは、建設会社からの提案に意見を入れていく形で決めていきました。開業後になって「玄関の扉は二重の方がよかった」「レントゲン室までの動線が悪い」など気が付くことも多々ありましたが、改善できる部分は後からでも改善できますし、理想を挙げていけばキリがありません。そのあたりはコストと現状のバランスを見て、自分の中で線引きをしています。
また、開業するにあたり「経営」という観点で物事を考える必要が出てきましたので、最初の段階で私以外のスタッフは、午前中勤務の看護師1名のみという形でスタートしました。患者様が増え、経営が軌道に乗るにつれスタッフを拡充し、現在では10名ほどに。お金をもらう立場だった勤務医時代と、お金を払う立場で医院を運営していく開業医では、違う考え方が必要だというのも実感としてありますね。
開業にあたり、注意すべきポイント
開業前に気を付けるべき
ポイントはありますか。
開業に際して一番重要なのは、自分の抱いている理想と現実を俯瞰的に把握して、落としどころをしっかり決めるということではないかと思います。例えば、自分のイメージしている医院が診療圏のニーズに合っているかどうか。いくら思い通りの立派な医院を開業できたとしても、すでに競合する医院が近くにあったり、人の流れが悪い土地であったりすれば、しなくてもいい苦労をすることになってしまうでしょう。金銭的な面に関しても同じで、欲しい医療機器を無理して揃えても、長期的な経営が立ち行かなければそれが失敗の原因につながりかねません。行いたいのは「経営」ではなく「医療」でしょうから、地域の中に溶け込める医院をイメージして開業するのが先決ではないでしょうか。
私の場合は一般内科・外科を診る総合臨床医として開業しており、医院の規模や専門性と照らし合わせて、自分で診るのはここまでというラインを設けています。患者様を紹介できる近隣の専門医とのネットワークが必要不可欠ですので、開業に際しては、地域の先生がたに挨拶に伺いました。信頼できる先生かどうか、やはり顔を合わせなければ分からない部分も多いと思いますので、視察がてら足を運ぶことをオススメします。患者様の力になりたいという気持ちは大切にすべきですが、あまり自分の中で患者様を抱え込まないように意識するのも、医院の健康度を保つ意味で重要になってくるでしょう。
読者へのメッセージをお願いします。
地域に沿った医院を開業することができれば、自ずと勤務医時代より様々な患者様と接することになり、またコミュニケーションを取る機会も多く生まれます。街で会えば挨拶を交わす顔見知りの関係になりますし、年月を経て信頼関係が生まれれば、ご家族の相談までされることも。患者様とより深い関係を築けるのが開業医の魅力です。今まで培ってきた経験を生かし、地域の方の健康と明るい生活を守る一助となれるよう、頑張ってほしいですね。